ジブリ映画「君たちはどう生きるか」に対する多くの意見について、内容が難解で理解しにくいという点が多く見られます。
一部の評価では、これまでのジブリ作品とは異なりエンターテインメント性に欠け、宮崎駿監督自身の内面やジブリの歴史を知らないと楽しみづらいという見解が示されています。
一方で、映像の美しさや過去作品へのオマージュを評価する声や、抽象的な表現の中に深いメッセージやテーマ(生と死、親子愛など)を感じ取る人もいます。
総じて、この映画は観る人によって評価が大きく分かれる、アート作品に近いと捉えられています。
君たちはどう生きるか(映画)ネタバレ|感想は?気持ち悪い?つまらない?
ども、ジブリ映画をこよなく愛する30代ブロガーのです。
もうね、公開されてからしばらく経ちましたけど、いまだに話題が尽きないじゃないですか。
そう、宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」ですよ。
皆さんも一度は耳にしたことがあると思います。
SNSとか見てると「めちゃくちゃ面白かった!」って人もいれば、逆に「いや、正直気持ち悪かった…」「全然意味わかんなかった…」なんて意見もたくさん目にしますよね。
これだけ賛否両論あるって、一体どういう映画なんだろう?って気になっている方も多いんじゃないでしょうか。
Google検索でこのブログにたどり着いてくれたあなた、ありがとうございます!
今日は、この「君たちはどう生きるか」について、ネタバレも気にせず(だって、検索してくる人はきっとネタバレOKですよね?)、僕なりに、そしてソースの情報も参考にしながら、あれこれ深掘りしてみたいと思います。
まずは、ざっくりどんなお話なのか。
そして、なぜ「気持ち悪い」「つまらない」なんて意見が出るのか、その理由を探ってみましょう。
最後に、「じゃあ、どうやったらこの映画をより楽しめるの?」っていう、僕なりの(というか、ソースから読み取れる)楽しみ方のポイントもお伝えできればと思います。
読み終わる頃には、きっとこの映画に対する見方が少し変わっているかもしれませんよ。
それでは、早速いってみましょう!
「君たちはどう生きるか」ってどんな話?あらすじを掘り下げてみる
まず、この映画の基本的なあらすじなんですけど。
物語の舞台は、太平洋戦争中の日本。
主人公は、まだ11歳の少年・眞人(まひと)です。
彼の人生は、東京で起きた大きな火災で、大好きなお母さんを亡くしてしまうという悲劇から始まります。
火事の描写がもうね、すさまじい迫力なんですよ。
お父さんは軍需工場を経営している方で、そんなお父さんと一緒に、眞人は疎開先の大きなお屋敷に引っ越すことになります。
そこで眞人を待っていたのは、新しいお母さん。
これが、亡くなった実のお母さんの妹、つまり眞人にとっては叔母さんにあたる夏子さんなんですね。
しかも、夏子さんはすでにお父さんの子供を身ごもっているんです。
眞人は、母親を亡くしたばかりで、心に大きな傷を抱えているわけです。
そんな時に、新しいお母さんとして目の前に現れた夏子さんに対して、なかなか素直な気持ちになれない。
「お母さん」って呼ぶこともできなくて、「お父さんの好きな人」って認識していたみたいです。
新しい学校でも馴染めず、周りの子供たちとも上手くいかない。
思春期前の多感な時期に、こんな理不尽で複雑な状況に置かれたら、そりゃあ病みますよね。
眞人も例外ではなくて、精神的に不安定になって、なんと学校に行かないために自分で自分の頭を石で叩いて大怪我をしてしまうんです。
これはもう、「悪意の印」だって眞人自身が言っているくらい、追い詰められていたんだと思います。
そんな、鬱々とした日々を送っていた眞人の前に現れるのが、人間の言葉を話す、ちょっと怪しいアオサギです。
このアオサギに導かれるようにして、眞人はお屋敷の敷地内にある、なんだか不気味な古い洋館へと足を踏み入れてしまう。
この洋館は、眞人の大伯父さん(お母さんと夏子さんのおじいさん)が建てたと言われている場所で、大伯父さんは中で姿を消したらしいんですね。
そして、この塔こそが、眞人を不思議な異世界へと引きずり込む入り口だったんです。
アオサギは眞人に「お母さんが生きている」と囁いて、異世界へ誘います。
でも、眞人が異世界に行った本当のきっかけは、姿を消してしまった夏子さんを探すためなんですね。
異世界は、理不尽で不思議な出来事ばかりが起こる場所。
そこでの冒険を通して、眞人は様々な経験をしていきます。
色々な人物(?)に出会って、助けられたり、危険な目に遭ったり。
そして、冒険の最後に、眞人は現実世界へと帰還する選択をするんです。
この異世界での旅を通じて、眞人は精神的に大きく成長するんですね。
そして、ままならない現実、つまり新しい家族や環境を受け入れ、前に進むことを決意します。
ざっくりまとめると、母を亡くし、新しい環境に馴染めずにいた少年が、継母を探しに異世界を冒険し、精神的に成長して現実世界に戻ってくる、という王道的な異世界ファンタジーの構造を持っているんです。
ストーリー部分だけを抜き出すと、これは紛れもない「家族愛」の物語だと言えるかもしれません。
君たちはどう生きるか(映画)なぜ「気持ち悪い」と感じる人がいるの?あの不気味さの正体
この映画を見て、「気持ち悪い」という感想を持った人も少なくないようです。
一体、何がそう感じさせたのでしょうか。
いくつかのポイントが挙げられていますね。
まず、目につくのは、登場するクリーチャーたちのデザインや動きです。
特に、アオサギやペリカン、そして大量に出てくるインコたち。
「もののけ姫に出てくるような気持ち悪さ」「この世の者じゃない感じの不気味さ」という感想もありました。
アオサギの顔が人間のようになったり、インコたちが人間のような体格で包丁を持っていたり、その見た目や行動が独特で、生理的な嫌悪感や不快感を覚えた人もいるようです。
ワラワラという、産まれる前の魂たちとされる白い丸い生き物も、ある人には可愛く見えた一方で、ある人には「デザインどうした!?」と感じられたりと、見る人によって印象が分かれるようです。
あとは、食事のシーンですね。
眞人がジャムパンを食べるシーンがあるんですが、ジャムが口の周りだけでなく鼻の上までべっとりついて、ドロドロこぼれる描写があって。
これを見て、「食べ方が汚い」「美味しそうじゃない」と感じた人もいるようです。
確かに、これまでのジブリ作品の食事シーンって、どれも本当に美味しそうで、食欲をそそられるものばかりだったじゃないですか。
あの輝きを期待していた人にとっては、ちょっとショックだったかもしれません。
他にも、鳥たちが大量に群がって、しかも「うんちボタボタ」な描写があったりして、これも気持ち悪さにつながったという声もありました。
登場人物に関しても、「父親が鬼畜」「継母が色魔」といった強い言葉で批判している人もいて、これもキャラクターの人間的な描写に対する不快感につながったのかもしれません。
ただ、これらの「気持ち悪い」と感じる描写も、もしかしたら監督の意図があってのことなのかもしれません。
異世界の「この世の者じゃない感じ」や、現実の厳しさや不条理さを表現するため、あえてそういったグロテスクさや生理的な嫌悪感を与えるような表現を使った可能性も考えられますよね。
君たちはどう生きるか(映画)「つまらない」と感じたのはなぜ?難解さの理由を探る
「気持ち悪い」と並んで、非常に多かった意見が「つまらなかった」というものです。
これもね、僕自身、初見の時は正直「え、これで終わり?」って拍子抜けした部分もあったので、すごく気持ちが分かります。
じゃあ、なんで「つまらない」と感じてしまう人が多いのでしょうか。
ソースの意見をいくつか集めてみると、主な理由はこんな感じでしょうか。
まず、ストーリーが難解で、よく理解できないという点。
「細部が説明されずに、なんでこの人はこう言ってこの行動に至ったの!?」って、頭の中が「?」でいっぱいになる場面が多いようです。
まるで複雑なSFやミステリーのようだけど、それらを理解できないまま楽しむのが難しいと感じた人もいるんですね。
物語全体を通して、繋がりや一貫性がないように感じたり、「何がメッセージなのか心に響かない」という声もありました。
特に、これまでのジブリ作品のような、分かりやすい冒険や感動を期待していた人にとっては、拍子抜けだったのかもしれません。
眞人が継母の夏子さんを探しに行く理由や、彼女に対する感情の変化が分かりにくいという指摘もあります。
最初、夏子さんに対して心を開いていなかった眞人が、なぜそこまで危険を冒して探しに行くのか、その行動原理が不明瞭だと感じたようです。
物語の展開が遅いと感じる人や、逆に、異世界に入ってからの展開が飛び飛びで、急に場面が切り替わるように感じた人もいるようです。
登場人物についても、「人物造型が薄っぺらい」「キャラクターが全員暗い」といった厳しい意見も。
なぜそのキャラクターが出てくるのか、出てくる必然性が分からない、魅力的に感じない、という声もありました。
音楽についても、久石譲さんの音楽なのに「うるさい」「雄弁すぎる」と感じた人や、「久々にこんなの聞いたことないほどチャラい」なんて辛辣な意見もあって、これも意外でした。
また、この映画は、タイトルが同名の小説から取られているんですが。
映画の内容は、その小説のストーリーとはほとんど関係がない、「インスパイアを受けた本」という位置づけらしいんですね。
「本はタイトル借りただけで中身関係ない」というテレビのコメントに言及しているソースもありました。
小説の内容を期待していたり、小説を読んだ上で見たりすると、内容がかけ離れていることに戸惑い、「ひどい」と感じてしまう人もいるようです。
そして、最も多くの人がつまらないと感じた理由の根幹には、「説明不足」があると思います。
異世界の不思議な設定やキャラクターについて、ほとんど説明がないまま物語が進んでいくので、観客は置いてけぼりにされたように感じてしまうんですね。
まるで「老人が見た脈絡のない夢をそのまま映像化したよう」だとか、「子供が熱でうなされた時に見る夢」みたいだという感想もあって、これもすごく的を得ている表現だなと感じました。
もちろん、宮崎駿監督は「面白い面白くないの尺度で測られる映画じゃない」「好きかどうかで語られるもの」だと考える人もいるので、一概に「つまらない=駄作」と切り捨てるのは乱暴だ、という意見もあります。
ただ、お金を払って映画館に見に来ているのに、その価値を感じられなかった、理解できなくて退屈だった、というのは、観客としては正直な感想だと思います。
それでも「君たちはどう生きるか」を楽しむには?見る前に知っておきたいポイント
さて、ここまで「気持ち悪い」「つまらない」といった、ちょっとネガティブな意見とその理由を見てきました。
正直、僕も初見はかなり困惑しましたし、一緒に見に行った友達と「あれってどういう意味だったんだろうね!?」って、エンドロール後もしばらく話し込んだくらいです(笑)。
でもね、この映画、見る前にちょっとした「心の準備」とか「予備知識」があると、全然見方が変わると思うんです。
もちろん、宣伝を一切しないという戦略は、まっさらな状態で映画体験をしてほしい、というスタジオ側の意図があったんでしょう。
そのおかげで、純粋に映像と向き合う貴重な体験ができた、という肯定的な声もあります。
でも、逆に何も情報がないと、あまりに独特の世界観に戸惑ってしまって、「つまらない」と感じてしまう人が多かったのも事実だと思います。
では、どうすればこの映画をもっと楽しめるのか?
ソースの情報から、いくつかのポイントが見えてきます。
1. これは「宮崎駿の自伝」であるという視点を持つ
まず、これが一番大事かもしれません。
実は、スタジオジブリのプロデューサーである鈴木敏夫さんから、事前に「この作品は宮崎駿の自伝的な作品である」ということが語られていたそうなんです。
この情報がもっと広く知られていたら、見方が大きく変わった、という声もあります。
この映画の主人公である眞人は、宮崎駿監督の少年時代をモデルにしている、という解釈があります。
宮崎監督のお母さんは病弱で、眞人のように母親と過ごす時間が少なかったそうです。
そして、映画の眞人が異世界を冒険する物語は、アニメ監督としての宮崎駿さんの人生や経験のメタファー(隠喩)として読み解くことができる、という考察があります。
例えば、アオサギは鈴木敏夫さん自身。
眞人を異世界に誘ったり、一緒に旅をしたりする関係性は、ジブリを一緒に作ってきた盟友である鈴木さんと宮崎監督の関係を象徴している、というわけですね。
異世界に登場するキリコという女性は、宮崎監督の先輩アニメーターである安田道代さんや大塚康生さんを混ぜた人物だという情報も提供されています。
宮崎監督のアニメーター時代に助けてくれた先輩方なんだそう。
そして、異世界の創造主である大伯父さんは、宮崎駿監督自身。
彼が築き上げた異世界は、宮崎監督がこれまでに作ってきた作品全て、そして彼の人生そのものを内包する世界だ、と考えることができます。
あの異世界のペリカンたちは、アニメ業界にのさばる汚い大人たちのメタファーではないか?。
ワラワラは、キャリアを積むアニメーターたち。
インコたちは、作品を無節操に消費するだけの凡庸な観客。
インコ大王が積み木を破壊するのは、観客の期待と監督の作りたいものが噛み合わなくなった後期のジブリのメタファー。
…と、このように、作品の様々な要素が宮崎駿監督自身の人生やアニメ制作の歴史の暗喩として描かれている、と考えると、意味不明だった展開もストンと腑に落ちる部分が出てきます。
高畑勲監督との関係性を知っていると見方が変わる、という意見も強く支持されていました。
この映画は、高畑勲さんという盟友を失った宮崎監督が、彼への感情を込めて描いた作品でもある、と考えると、より深く作品を理解できるかもしれません。
つまり、この映画は、ただのファンタジー冒険活劇として見るだけでなく、「宮崎駿という一人のクリエイターの人生や葛藤」を描いたドキュメンタリー、あるいは自伝映画として見てみる、という視点が、鑑賞の助けになるはずです。
2. オマージュやメタファーを「探す」遊び心を持つ
先ほどのメタファーの話とも関連しますが、この映画は非常にメタファーやオマージュに満ち溢れています。
作品を理解するためには、「ストーリー」と「メタファー」、そして「オマージュ」の3つの要素を分けて考えると良い、という提案がありました。
ストーリーだけ追うと意味不明に感じる部分も、それが「メタファー」だったり「オマージュ」だったりすると考えると、混乱が減る、というわけです。
例えば、「あれ、このシーン、どこかで見たことあるぞ?」って感じる場面。
それは、過去のジブリ作品からのセルフオマージュである可能性が非常に高いです。
眞人が小枝を潜って塔に入るシーンは「となりのトトロ」のメイ。
眞人が銭婆の式神のような紙に襲われるシーンは「千と千尋の神隠し」。
「バルス!」を彷彿とさせるような、塔が崩壊するシーン。
異世界の海辺にいる人影は「千と千尋」の電車に乗っていた人たちに似ている。
このような過去作への目配せがたくさん散りばめられているんです。
これに気づくと、ジブリファンとしては「おっ!」ってちょっと嬉しくなりますよね。
また、必ずしもジブリ作品だけでなく、他の芸術作品へのオマージュも指摘されています。
眞人がキリコと出会った墓地は、画家ベックリンの「死の島」という絵に似ているとか。
時の回廊と呼ばれる白い通路は、キューブリック作品っぽい、という感想もありました。
このように、この映画は「ストーリー」という物語の幹とは別に、監督の思想や経験、そしてこれまでの創作人生を表現するための「メタファー」や、過去の作品や芸術へのリスペクトや遊び心としての「オマージュ」が、まるでパッチワークのように組み合わさってできています。
だから、「意味不明な展開」だと感じる部分も、これは何かのメタファーかな?何かのオマージュかな?と、「探す」ような遊び心を持って見てみると、また違った面白さが見えてくるかもしれません。
3. 難解さを楽しむ、考察を楽しむ
正直、この映画は一度見ただけでは全ての意味を理解するのは難しいです。
「1回の鑑賞じゃ無理じゃない?」なんて意見もありました。
実際、僕もそう感じましたし、多くの人が「訳が分からない」と感じています。
でも、だからこそ、この映画は「考察しがいのある映画」だとも言えるんです。
ネット上には、この映画に関する様々な考察が溢れています。
それぞれのキャラクターが誰を表しているのか、特定のシーンは何のメタファーなのか、タイトルに込められた意味とは…。
そういった他の人の考察を読んだり、自分なりに考えを巡らせたりすることで、作品への理解が深まり、もう一度見てみたくなる、という人もいるでしょう。
まるで「眠っている時に見た夢の意味が分からなくて悶々としたり、その意味を考えないでいられなかったり…そんな夢見のあとのような気分」で、あれこれ反芻して思いを巡らせるのが正しい見方かもしれない、という意見も。
分かりやすい物語が溢れている現代において、こういう「考える余地」をたっぷり残した作品があってもいいじゃないか、という見方もあります。
制作者が観客に分かりやすい作品を作る努力をするように、観客も製作者の意図を汲む努力を求められているのかもしれない。
もちろん、努力しないと楽しめないなんて映画はつまらない、という意見もごもっともです。
でも、もしあなたが「謎解き」とか「考察」が好きなら、この映画はきっとあなたの好奇心を刺激してくれるはずです。
4. 映像と音楽、そして声優に注目する
たとえ物語が難解に感じても、この映画には他に素晴らしい要素がたくさんあります。
まず、映像の美しさは、さすがジブリ、と唸らされます。
特に、火災のシーンの迫力。
水や重力の表現。
風景や建造物、インテリアの細部まで、圧倒的な表現力で描かれています。
「自然の映像美と音楽は最高水準」という声もありました。
また、今回の映画は宣伝なしだったにも関わらず、豪華な声優陣も大きな話題になりました。
眞人のお父さん役は木村拓哉さん。
アオサギ役は菅田将暉さん。
ヒミ役があいみょんさん。
キリコ役が柴咲コウさん。
他にも、大竹しのぶさん、竹下景子さん、風吹ジュンさん、阿川佐和子さん、滝沢カレンさん、小林薫さん、國村隼さん、火野正平さんなど。
正直、声を聞いただけでは誰か分からない人も結構いたんですが、エンドロールで「えっ、この人が!?」ってびっくりするのも、これまた一つの楽しみでした。
声優に俳優を使うことについては賛否両論ありますが、この映画に関しては、観客は「声優に興味がない」という人が多数派で、面白い作品なら声優関係なく没頭できる、優れた作品はむしろ声優の存在を感じさせないものだ、という肯定的な意見もありました。
なので、豪華キャスト陣の演技に耳を傾けてみるのも、この映画の楽しみ方の一つです。
物語の理解に苦しんでも、圧倒的な映像美や心に響く音楽、そして役者さんたちの声の演技に集中してみるだけでも、得るものはたくさんあるはずです。
まとめ:君たちはどう生きるか(映画)ネタバレ|感想は?気持ち悪い?つまらない?
「君たちはどう生きるか」。
本当に、これだけ賛否両論が巻き起こる映画も珍しいかもしれません。
もしかしたら、過去の「分かりやすいジブリ作品」を期待して見に行くと、肩透かしを食らう可能性は高いです。
でも、この映画は、宮崎駿監督がキャリアの終盤に、観客に媚びることなく、自身の内面やこれまでの人生、そしてアニメーションへの思いをぶつけ、掘り下げた、極めてパーソナルな作品なんだと思います。
ある意味、宮崎監督自身の「走馬灯」であり、「遺書」のような作品だ、と感じる人もいるようです。
タイトルの「君たちはどう生きるか」という問いかけも、単純に「どうやって生きていくべきか」という倫理的な問いだけでなく、この難解な作品を見て、どう感じ、どう解釈し、そしてこれから自分はどう生きていくか、という、観客一人一人に向けられた問いなのかもしれません。
「面白くない」と感じても、その「なぜ面白くないと感じたか」を考えること自体が、この映画の問いかけに対する答えの一つになるのかもしれませんね。
僕は、この映画を「完璧なエンターテイメント」として期待すると、がっかりする可能性があると思います。
でも、「宮崎駿という天才クリエイターの頭の中を覗き見するような、難解だけど圧倒的なアート作品」として、あるいは「解釈や考察を楽しむための素材」として、心の準備をして臨むと、きっと新しい発見や感動があるはずです。
そして、たとえ物語全てを理解できなくても、この映画を通して描かれる「命の大切さや生きる素晴らしさ」、そして「生まれてくる魂たちの輝き」のようなもの は、きっとあなたの心に何かを残してくれるはずです。
「もう一度観たい」とは単純に思わないけど、心に掴まれる何かがあった。
そんな不思議な引力を持った映画です。
もし、この記事を読んでちょっとでも「もう一回見てみようかな」とか「考察サイト見てみようかな」って思ってくれたら、ブロガー冥利に尽きます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!